初恋抄2019

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初恋抄(5)2019年8月5日掲載

私はいつも川柳大会では地味な服装をするように心掛けている。川柳大会では「少し」若いだけで目立ってしまうので、保護色を纏って目立たないようにしているのだ。もともと派手な服装はしないのだが、それに輪を掛けて地味な色をチョイスして着て行く。だが、卑弥呼の里女流川柳大会だけは違う。女性しか参加出来ないという特色を生かして、自分なりにドレスアップしている。
令和元年7月28日、第8回卑弥呼の里女流川柳大会を開催した。毎年和歌山県から参加してくださる木本朱夏さんをはじめ、今年は三重県鈴鹿市から青砥たかこさんも駆け付けてくれた。朱夏さんのシャツには大きなオレンジ色の水玉に、女性の顔がプリントされていて上品だ。青砥たかこさんはショッキングピンクのカーディガンがとても綺麗。鹿児島県から参加の石神紅雀さんは「この着物、昨日届いたから早速着て来たよ!」と真っ赤な着物がとてもまぶしかった。私はというと、何ヶ月も前に買ったのに派手過ぎて一度も着ていなかった、レモンの柄の入った紺色のワンピースだ。姪っ子達に「ネエタン、ちょっと派手過ぎ。恥かくばい!」と何度も止められたのだが、この大会で着なければ着る場所は無いと思い、勇気を出して着てみた。鏡の前に立って白いカーディガンを羽織ると、なかなか似合っているし、マイナス五歳くらいには見える…気がする。
この大会に参加してくださる皆さんは、とてもおしゃれだ。服装もおしゃれだが、いつも目を引くのは帽子。宮崎県から参加の主税みずほさんは、我が家のファッションリーダー的存在で、いつも真似したくなるようなコーディネートをされている。母がベレー帽をかぶるようになったのも、みずほさんの影響だ。私もかぶってみたのだが、頭がデカいのか顔がデカいのか似合わない。そんな女流大会ならではの雰囲気は参加してみなければ分からないものだと思う。ちなみに私のワンピースは友人に「昭和のスナックみたい」と言われ撃沈したが「アンタの服も戦後のスナックみたいよ」とお返ししてやった。

大会の天の句をご紹介。

題「鳥」真島久美子 選(佐賀県)
天・移り気なカモメを待っている港 木本朱夏
題「ぽつり」青砥たかこ 選(三重県)
天・わたくしの悩みを宇宙規模で見る 真島久美子
題「袋」石神紅雀 選(鹿児島県)
天・遺すもの巾着ひとつあれば足る 萩原奈津子
題「遊ぶ」楠根はるえ 選(福岡県)
天・神様の遊び道具は時間です 真島 芽
題「ランク」木本朱夏 選(和歌山県)
天・介護3ツイノスミカが決まらない 江川寿美枝

猛暑の中、参加してくださった皆様に心から感謝申し上げます。

初恋抄(4)  2019年7月1日掲載

ある中学校の国語の先生から電話をいただいた。
先生「中学二年生の子供達に俳句を教えていただけないでしょうか?」
私「俳句ですか?私は川柳しか教えられませんので、俳句は俳句の先生にお願いしてください」
先生「あ、すみません。川柳で結構です。川柳を教えてください」
私「本当に川柳しか教えられませんよ?大丈夫ですか?」
先生「大丈夫です。子供達は俳句を作っていますので、それを見て添削していただきたいのです」
私「だから私は俳句は分かりません」
先生「そうでした。川柳で大丈夫です。よろしくお願いします」
何度言っても「俳句」と言うので、その度に「川柳です」と念を押して電話を切った。だが、国語の先生がこんな間違いをするだろうか?まさかね…と不安になったが、「川柳」教室を引き受けることにした。

当日、学校の入口に大きな文字で「歓迎・俳句講師 真島久美子先生」と書かれていてひっくり返りそうになった。案内役の生徒がその横で待っていてくれて、私を校長室に案内してくれた。私と電話で話した国語の先生を探したが見当たらない。あんなに何回も「川柳です」と言ったのにコレだ。誰かに文句の一つも言わなければ気が収まらない。その日は校長先生が外出中とのことで、教頭先生が校長室にやって来た。
教頭「お待たせしました。やっぱり久美子やったね」
私「は!?なんで〇〇先生が!?」
教頭先生は、私が中学生の頃の剣道部の顧問だった。だったら尚更言いやすいと思い、電話の話から外に書かれている「俳句講師」の話まで説明をした。先生は昔とちっとも変わらず穏やかに答える。
教頭「まぁ良かやっか。川柳ば教えてやって」
私は心の中で(まぁ良かやっか?良かとかね?良くなかよね?)と何度も考えながら、教室へと向かった。

釈然としないまま、俳句なのか川柳なのかよく分からない教室が始まった。子供達が作ってきた句を実際に見てみると、どれも「川柳」だった。俳句の先生が見れば「俳句」と言われるのかもしれないが、私の目には「川柳」だった。川柳と俳句の垣根を私が勝手に作っていただけで、子供達にはそんなもの一切関係ないのかもしれない。私はいつも子供達に「自由に作っていいよ」と言っている。それなのに、一番自由にやれていないのは私自身だ。何度言っても分かってくれなかった国語の先生と、勝手に垣根を作っていた私。楽しそうな子供達を眺めながら、どっちもどっちだと笑いたくなった。

初恋抄(3)  2019年6月3日掲載

第41回吉野ヶ里川柳大会

平成31年4月21日、第41回吉野ヶ里川柳大会を開催した。この大会は41年前から父が代表で続けてきたものだ。第30回くらいまでは地元の由緒あるお寺「修学院」(正式には背振山積翠教寺修學院)で開催していて、名前も「修学院川柳大会」だった。その会場は50人でいっぱいだったが、部屋の窓から見える景色は最高で参加者の心を和ませてくれる場所だった。現在では参加者が増えて修学院ではスペースが足りなくなってしまったので、場所を変更して「吉野ヶ里川柳大会」と名前も変えたが、我が家では未だに「修学院大会」と口走ってしまうほど定着している。
吉野ヶ里川柳大会の大きな特徴が「手作り」だ。賞品には父の手作りの竹細工が並び、参加賞も父が育てたいろんな苗木をお持ち帰りいただいていた。昼食は筍料理、山菜と新鮮な地元の食材でおもてなしし、その料理を楽しみに参加してくださる人もいたほどだ。昼食後のアトラクションも手作りで、みんなで大会の為に歌の練習をしたり、笛や踊りの練習をしたりするのがとても楽しかった。

この大会を中心に父の一年が回っていたのだが、去年父が亡くなり私が続けていくことになった。私は卑弥呼の里川柳会を主催していて、誌上大会と女流大会という大事な大会を2つ抱えている。父が元気な頃に「お父さんがヨボヨボになって動ききれんくなったら、吉野ヶ里と卑弥呼を合併させようね」と話していたので、よほど合併させようか悩んだのだが、母に「久美ちゃんなら出来るよ!」と背中を押され別々でしっかり続けていこうと決めた(おだてられるとすぐ調子に乗る性格)。
去年は文切さんに選者をお願いして、それはそれは好評だった。おばさま方から「文切さんって可愛いかね~!」「いやぁ川柳界にもイケメンおったとね~」など、文切スマイルにヤラれる人が続出。今年は、仙台から月波与生さん、愛知から高柳閑雲さん、和歌山から木本朱夏さんを選者にお招きして開催した。

父がいない大会。

大会準備中の私にとっては、第41回吉野ヶ里川柳大会はそれだけの大会だった。やる気のある振りをしてもどこか空っぽで、竹細工も苗木も準備できなくて、何に謝ればいいのか分からないけれど、全部に謝らないといけないような気持ちでいっぱいだった。
ところが大会当日、西村正紘さんが開会の挨拶で父のことに触れてくださり、黒川孤遊さんが黙祷の時間を設けてくださった。たくさんの方々にお声がけもいただいた。そこでやっと、私の中に小さな「覚悟」が生まれた。私は真島清弘ではく、真島久美子だ。だから、私は私に出来ることしか出来ない。竹細工どころか、鋸も持てない。苗木だって何から始めればいいのか分からない。自分に出来ることをやればいいという当たり前のことを、大会が始まってから気付くなんてバカだと思うが、それはやはり皆さんのお蔭だとしか言いようがない。
第41回吉野ヶ里川柳大会は、私自身にとって大きな節目の大会になったことは間違いない。私なら出来ると思わせてくれたのは、父でも母でもなく、参加してくれたみなさんだった。

初恋抄(2)  2019年5月5日掲載

十五年前、佐賀県伊万里市にある青嶺中学校に川柳を教えに通っていた。そこは選択授業で、川柳教室か茶道教室を選んで参加するのだが、半数の生徒が川柳を選択していたため、教室はかなりの賑わいだった。
川柳教室では、最初に虫食い川柳ゲームをして、その後お題を出して作句をする。その時間内に入選句の発表までするのだから、あっという間に一時間が過ぎていった。時間が足りなくて入選句の発表途中でチャイムが鳴ってしまうことも多々あったが、子供達の「久美子先生どんまい!」という声援に何度も救われたことを覚えている。 青嶺中学校は私の住む吉野ヶ里町から高速を使っても車で90分ほどかかる。私の家は福岡県寄りで、青嶺中学校は長崎県寄りだ。その時間も楽しめるほど、子供達との触れ合いは楽しいものだった。

先日、その頃の担任の先生から連絡が入った。 「タイムカプセルを開けたら、川柳がいっぱい出てきたとよ。この句をどうしようか迷ったばってん、久美ちゃんに渡すのが一番よかと思うけん、ちょっと見てくれん?」  私は喜んでその句を受け取りに行った。

真夜中に一瞬見えるほたるの光 イティロー
ひまわりが心の梅雨を終らせる あごなしポロリ
桜花心を晴らす雨のよう CHILO
日が暮れてツクツクボウシが泣いている カンチ
頑張ろう勉強部活中体連 MILK
雪げしき溶けても残る心には ホワイトスノー
ささの葉に願いをこめて夢を見る キキ・ララ
山菜に目をうばわれる春の山 山の人
息きらしトンボにみとれまた走る 生山葵
梅雨の昼カビたまんじゅう食べれない 極太
春風は新たな色を持ってくる 針葉樹林
スイカわりみんなの声が命綱 スイカのたね

あげていくとキリが無いのだが、十五年前の教室の思い出が一気に溢れてきた。ずっと本名で投句していたはずなのに、この短冊には全員がペンネームを使っている。本当はペンネームが欲しかったのだと切なくなった。
現在、佐賀県内の小学校や中学校へ川柳を教えに行くことが多くなり、ときには一時間目から六時間目までぶっ通しで教室をすることもある。時間配分も上手くなった。この青嶺中学校の子供達との触れ合いが私のジュニア川柳への入口だった。そんな子供達の句を今手にすることができたことは、これからの私の大きな力になることだろう。

初恋抄(1)  2019年4月5日掲載

卑弥呼の里川柳会を立ち上げて七年目になる。ブログをしたらどうかという話は何度もあったし、自分自身も代表として何かしたいと思っていたのだが、なかなか実行に移せずにいた。そんな中、文切さんから毎週web句会に協力という形で運営に参加してほしいというお話をいただいた。ネットが苦手な私にとって、文切さんは大きな支えになってくれることだろう。文切さんに甘えながら(めっちゃ厳しいけど)少しずつでも、何かを残していきたい。

最初のエッセイなので、卑弥呼の里川柳会の成り立ちを紹介する。

鹿児島県では「南日本女流川柳大会」が開催されている。歴史ある大会で、私は毎年母と姪っ子達と参加している。当たり前だが女性しか参加することができない。「女流」という言葉は古いという意見もあるが、私には「女流」という言葉の響きはとても新鮮だった。

2012年の大会の帰り道、
久美子「女流大会ってさ、佐賀でもできるっちゃない?」
母「そうね。面白そうね。」
久美子「早速やってみゅうか!」
という母娘のノリだけで、卑弥呼の里女流川柳大会がスタートした。

第一回卑弥呼の里女流川柳大会には、県外からの参加もあり七十名ほどが夏の吉野ヶ里町に集まった。和歌山県から川柳塔誌編集長の木本朱夏さんも参加してくれた。こんなに参加してくれるなんて思ってもみなかったので、会場はあっという間にいっぱい。それなのに、清々しい空気が流れているのが女流大会の大きな特徴だ。その大会で、朱夏さんに「誌上大会もやってみたら?やり方は教えるから」と言われて誌上大会まで始めてしまった。「卑弥呼」だから選者は全員女性にお願いした。森中惠美子さん、大西泰世さん、樋口由紀子さん、赤松ますみさん、木本朱夏さん。魔力を持っていそうな五人だ。その魔力で、多くの方に投句いただくことができた。第六回からは、魔女五人と男性選者の共選にした。男性選者と魔女たちの入選句の違いが面白い。これまでは発表誌で結果を発表するだけだったが、違いについての議論もこのサイトでできればと思っている。

長年川柳をしてきていろんな経験をしたし、楽しいことばかりだったわけではない。そういう話もこの「初恋抄」で紹介していきたいと思っている。「初恋抄」は、川柳に恋する私の、甘酸っぱくて、ちょっぴり苦い、つぶやきと思っていただけるとありがたい。

「初恋抄2019」への6件のフィードバック

  1. 南日本女流川柳大会のことに触れていただき、ありがとうございます。
    なんか、嬉しいがよ ヽ(^。^)ノ
    7/28はまた、うれしいひなまつりの替え歌を持って参上いたしまする!

    1. こちらこそ、ありがとうo(>◡<)o

      今年も賞品いっぱいゲットして帰ってね〜!
      待ってるがよ♪~♪ d(⌒o⌒)b♪~♪

  2. 今日初めて「初恋抄」拝見しました。
    お父様の事・川柳教室の事等、色々と大変な事も有りましたね。
    お気に入りに入れて、これからも拝読させて戴きます(*^-^*)

    昨日「たかね便」速達で拝受しました。いつも有難うございます。

    1. いつも速達でスミマセンッ(;:´°;Д;°`:;)

      川柳を通して、たくさんの人と出会い、その出会いが毎日を豊かにしてくれています。

      これからも頑張りますので、よろしくお願いします!

  3. ありがとうございます

    これからも頑張りますね!!

    こいしさんにお会いするのはどの大会か…
    楽しみです(*´∨`*)ノ

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